検査人館は富岡製糸場の正門を入ってすぐ左手の建物です。

富岡製糸場 検査人館

検査人館と受付

富岡製糸場検査人館をクリックして拡大
検査人館は1873年(明治6年)に生糸や機械の検査を担当した、フランス人男性の宿舎としてとして建築されました。 残念ながら2人の検査人は、無断欠勤や素行不良で解雇され、実際に監査人館で暮らした可能さ性は低いとされています。 その後は1階を事務所、2階は政府の役人や皇族が訪れた際の貴賓室として使用しました。 外国人宿舎の建物は周囲にベランダを巡らした造りが特徴です。 内部には大理石製のマントルピースや内部階段や格子状に組まれた天井が当時のまま保存されています。

検査人館西側

検査人館 西口
富岡製糸場検査人館西側の玄関をクリックして拡大

 検査人館は2つの玄関が有ります。1つは富岡製糸場の正門を入って左側の受付・入場券売場の西側(先)の玄関と、その場所を通り過ぎ、左に回りこんだ左側にも玄関が有ります。 生者を入ってすぐの玄関から見た検査人館は、和風建築に見えますが、壁面や窓は洋で、風和洋折衷の建物です。左に回り込んでみますと、木骨煉瓦造で、煉瓦はフランス積みとなっています。

富岡製糸場 貴賓室

検査人館 貴賓室

富岡製糸場検査人館貴賓室をクリックして拡大
富岡製糸場を訪れた明治政府の役人や天皇・皇族はココへ通され、休憩するための部屋として使用された。暖炉の装飾であるマントルピースは当初からのもので、イタリア産の大理石が使用されています。

残念ながら検査人館の建物の内部は見学できません。

Topページ製糸場内の建物の解説> 検査人館

スマートフォンで閲覧するには以下のQRコードをスマートフォンで読み込んで下さい。

スマホ用QRコード

尾高惇忠 富岡製糸場 初代場長

尾高惇忠

ポール・ブリュナ
富岡製糸場の建設のために雇われたフランス人技師たち

ポール・ブリューナ

創業当時の繰糸場の写真

繰糸場

水分検査機
 
ポール・ブリュナが明治4年、フランスに発注した物、水分検査機

水分検査機

↑ PAGE TOP