富岡製糸場の東繭倉庫(東置繭所)は国宝に指定されました。内部も見学できます。

国宝 富岡製糸場 東繭倉庫(東置繭所)

国宝 東繭倉庫(東置繭所)

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富岡製糸場の代表的な建物で、木の骨組みに煉瓦を積み重ねる「木骨煉瓦造」で造られています。 煉瓦という西洋の素材と屋根は日本の伝統的な瓦で葺くなど、東洋と西洋の技術がこの繭倉庫には有ります。 繭倉庫の主な資材は 石、木、煉瓦、瓦で構成されていて、鉄枠の窓や観音開きのドアの蝶番(チョウツガイ)いなどはフランスから運び込まれたものでした。 しかし、資材の調達は大規模な建築のため多くの困難が伴いました。 中心となる材木は主に官林(旧幕府又は藩所有の山林)から切り出しました。 杉の木の大きいものは 妙義山、松の木は吾妻から調達し、小さい材木は近くの山林から集めました。 また礎石の石材は連石山(甘楽町)から切り出され「ねこ」で富岡まで運びました。 煉瓦は、フランス人技術者が瓦職人に作り方を教え、福島町(現・甘楽町福島)の 笹森稲荷神社の東側に窯を築き、瓦と共に焼き上げました。 その中心となったのは埼玉県深谷からやってきた瓦職人と言われています。 煉瓦の目地には、セメント(当時セメントは日本に無い)の代用として 漆喰(シックイ)を使いました。 漆喰の原料となる石灰は下仁田町青倉や栗山産のものでした。 煉瓦は、フランス積みと呼ばれる工法で積まれていますが、これはフランス人が関係していたことを示すとともに、建物の美しさを強調しています。

上の写真は、建ち上がっている東繭倉庫(東置繭所)の南東で、大きな鋸で材木をひいているのが判ります。 大工さんの頭には「ちょんまげ」が有りますね。左側には棟梁らしき人物にも「ちょんまげ」が確認できます。 散髪脱刀令は明治4年8月9日(1871年9月23日)太政官によって出されたましたので、それ以前か、若しくはその近辺の写真でしょう。 富岡製糸場は1871年(明治4年)4月に建設の着工で、1872年(明治5年)7月に完成しています。

上の図は富岡製糸場の煉瓦の積み方(フランス積み)です。この図でわかるように、富岡製糸場の煉瓦の壁はかなり厚く頑丈なことが判ります。 現在の煉瓦の日本工業規格は、長さ210mm 横100mm 厚さ60mmとなってます。富岡製糸場では長さ227mm  横112mm 厚さ61mmで、少なくとも壁の厚さは22.7cmとなりますね。 西繭倉庫(西置繭所)やブリュナ館(首長館)検査人館、の煉瓦はその後に建てられてものなので、煉瓦の厚さが少し薄い55mmで女工館は縦、横、厚さ、も少し小さいみたいです。

東繭倉庫 アーチのクーストン

明治五年のキーストン

東繭倉庫(東置繭所)のアーチのキーストン

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東繭倉庫のレンガ積み(フランス積み)

美しいフランス積み

煉瓦の積み方は、フランス積みという、美しい積み方が特徴です。横(2枚)、縦(1枚)、横(2枚)、と5枚の煉瓦を1組としています。

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富岡製糸場の礎石

東繭倉庫(東置繭所)の礎石

甘楽町小幡の連石山から切りだされた砂岩の礎石を使用しています。

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富岡製糸場 繭倉庫のフランス製の蝶番

窓枠の蝶番(チョウツガイ)

この蝶番はフランスから取り寄せたものです。現在もそのまま残っています。

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観音開きの窓は木製 フランス製の蝶番

1917年(大正6年)窓枠の蝶番(チョウツガイ)

この写真は1917年(大正6年)の物です。観音開きの窓は木製でした。現在は鉄製となっています。

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繭袋

乾繭前の繭1袋は約10Kg

乾繭(乾燥した繭)後は、約4Kgとなります。そこから生糸になるのは約2Kgで、反物で2反(2人分の反物)が出来ます。

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富岡製糸場には繭倉庫が2つ有ります。こちらは東にあるので、東繭倉庫(東置繭所)と呼ばれています。 中央のアーチのキーストンには、操業の開始年号「明治五年」が刻まれています。 繭倉庫(置繭所)として使われたのは、2階部分で乾燥させた繭32トン(8,000袋)を保管できました。 現在は繭を作る蚕の飼育は、年4回、春蚕(はるこ)・夏蚕(なつこ)・初秋蚕(しょしゅうこ)・晩秋蚕(ばんしゅうこ)が行なわれ(多い地域では年6回)ますが、富岡製糸場の創業当時は、春だけの1回しか蚕の飼育は行なわれなかったため、1年間で使用するための繭を春に買い入れ、保管が重要な役割を果たしていました。 製糸場の建物はフランス人のバスチャン(横須賀製鉄所の建設に携わった)がメートル法で設計し、実際の建築は日本人の大工が尺貫法に直して造られました。

東繭倉庫(東置繭所)の大きさ

構造形式  木骨煉瓦造、二階建、北面庇・西面及び南面ベランダ付、桟瓦葺(さんかわらぶき)   建築面積  1486.60㎡   長さ104.4m、   幅12.3m、  高さ14.8m

現在の東繭倉庫(東置繭所)

正門入ると、煉瓦造の大きな建物が東繭倉庫です。 正面のアーチを入ると、床面に大きな計量機が有ります。(気がつくかな?)そのまま進めば、広場に出ます。左右に別れますので、右側は主にお土産品の販売所となっています。 左側はシルク製品の販売や、座繰りの実演、フランス式繰糸器の実演、その奥は、特別イベント会場となります。 2015年の夏から、空調設備も入りましたので夏冬快適に見学ができます。 現在は2階部分は見学できませんが、ゆくゆくは見学できるよう、富岡市は予算計上し、市議会の了解も得ています。

東繭倉庫(東置繭所)どっちなんだよ?

繭倉庫(置繭所)の呼び名は、統一したものは有りません。 富岡市が管理する「富岡製糸場」や富岡市では、元々「片倉工業株式会社富岡工場」が付けた「東繭倉庫」と当初は呼んでいました。 2014年12月に国宝に指定されてから「東置繭所」と富岡製糸場のHPや富岡市のHPで直しています。それ以前に造られた、場内の案内板や印刷物、音声ガイドなどでは未だに「東繭倉庫」で案内しています。 名称変更の理由は、文化庁の国指定文化財には「東置繭所」で登録されているからと言うものでした。 なぜ、重要文化財(平成2006年平成18年)に指定された時に呼び名を変更しなかったのでしょうね。 この論理で行くと、富岡製糸場は「旧富岡製糸場」となり、ブリュナ館は首長館に変更されるでしょうね。 文化庁の国指定文化財には旧富岡製糸場・首長館で登録されています。 文化庁の国指定文化財等データベースはここをクリック

参考資料:富岡製糸場パンフレット(英語版)

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尾高惇忠 富岡製糸場 初代場長

尾高惇忠

ポール・ブリュナ
富岡製糸場の建設のために雇われたフランス人技師たち

ポール・ブリューナ

創業当時の繰糸場の写真

繰糸場

水分検査機
 
ポール・ブリュナが明治4年、フランスに発注した物、水分検査機

水分検査機

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