富岡製糸場の乾燥場(乾燥所)は修復に無かっての準備がされています。

富岡製糸場 乾燥場(乾燥所)

倒壊した乾燥場(乾燥所)

富岡製糸場乾燥場(乾燥所)をクリックして拡大
乾燥場(乾燥所)は、繭の中の蛹(サナギ)を殺し、繭を乾燥させるという、繭を倉庫に保管する前の重要な作業が行なわれていた場所です。 当初の乾燥場(乾燥所)は、別の場所にあり(現在有った場所よりやや南西方向)現在は2014年2月の2度の記録的な大雪で半壊・倒壊してしまい、見ることは出来ません。ココに有った乾燥場(乾燥所)は1922年(大正11年)に建てられたものです。中には操業停止 時(1987年昭和62年)迄使われていた、乾燥機が有りました。 正面に見えるのは土間庇で、その奥が繭扱場で、その奥と右手が乾燥場(乾燥所)です。

当初の乾燥場(乾燥所)

下の写真が当初の乾燥場(乾燥所)です。 北東より見た乾燥場(燥繭所)と煙突。 乾燥場(燥繭所)本体は木骨煉瓦造であることがわかるかな。 土間廊下があることから明治5年8月以後の撮影かと思われます。  当初の乾燥場(乾燥所)
(写真は東京国立博物館所蔵です)

現在の半壊・倒壊した乾燥場(乾燥所)・繭扱場・土間庇

残念な姿の乾燥場(乾燥所) 2014年(平成26年)2月の2度の記録的な大雪(積雪75cm)で、繭扱場や土間庇、乾燥場(乾燥所)は半壊・倒壊してしまいました。 残念でなりません。(右手奥に乾燥場(乾燥所)の屋根が見えます)

富岡製糸場の乾燥場(乾燥所)

2015年(平成27)3月時点の乾燥場(乾燥所)

乾燥場(乾燥所)は解体されました 2015年(平成27)3月の時点では、乾燥場(乾燥所)・繭扱場・土間庇は解体整理され、番付(部材に1枚ごとにその物がどこで使用されていたかわかるように順番を記した木札を付ける)作業が終わりました。

乾燥場(乾燥所)の復元

整理された乾燥場(乾燥所) 2015年(平成27年)5月時点ではこんな感じで、鉄骨と基礎、繭袋を移動させるコンベアーが残っていました。今後は富岡市と文化庁で協議して復元されことが望まれます。

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尾高惇忠 富岡製糸場 初代場長

尾高惇忠

ポール・ブリュナ
富岡製糸場の建設のために雇われたフランス人技師たち

ポール・ブリューナ

創業当時の繰糸場の写真

繰糸場

水分検査機
 
ポール・ブリュナが明治4年、フランスに発注した物、水分検査機

水分検査機

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